月島の『魚菜 はざま』が心底旨かった件…!

 

珍しく食に関する記事です。
今日、月島にある『魚菜 はざま』というお店に連れて行っていただいたんですけど、それがまあ〜旨かったんです!

自分は刺身定食かホホ肉ユッケ&中とろと迷って後者に。
マグロのホホ肉を刺身の状態で出してくれるお店ってあんまりなくて真っ先に目に止まったのがこれでした。
それが大正解!

もしも月島に引っ越したなら・・・

 

湾岸に夜景を撮りに行くのがだんだんしんどくなっている今日この頃。
それは機材の重さと距離にある・・自宅から晴海運河まではドアドアで片道ほぼ80分。
夜景の場合は三脚を持たなければならず、その間トータルで3kg超の機材を背負って移動するのは修行に近いものがある。
認めたくはないけど、5年前と比べると確実に衰えを感じているわけで・・

この先、おじいちゃんになるまでこのライフワークを継続するには機材を軽量化する、もしくは近くに引っ越す、という2択が思いつくが、前者はほぼ実行済みなのでこれ以上の軽量化は難しい。

そうなると近くに引っ越すしかない・・!

というわけで、現在付き合っている相方と同棲するためにどこかに引っ越すという機運が来年やってくるので月島に住んだ場合のメリット、デメリットを考察してみたい。

勝鬨橋の貴重な資料を見たら愛がだだ漏れになった話

 

恐らく世界で一番好きな橋は勝鬨橋だと思う。
小学生の時にこち亀で知った勝鬨橋を初めて見た時の感動は今でも覚えてる。


画像参照:http://www.j-kochikame.com/special/map/tukishima/index.html

東京に架かる数々な橋にまつわる資料も公開された「橋と土木展」ですが、重要文化財の勝鬨橋についても様々な資料が展示されました。
その一部を紹介してみます。

 

昭和6年の東京模型で辿る湾岸エリアの過去

 

先日、東京都建設局が主催の「東京 橋と土木展」に行ってきました。
これがマニア的には想像を超えるボリューミーな内容で大満足だったのですが、中でも目を引いたのは関東大震災からの復興を示した昭和6年9月現在の東京市の模型でした。


いやーすごい…!
こんな貴重なものがあったとは露知らず、しばらく覗き込んでました。
昭和6年は戦争が始まるちょうど10年前でまだ日本が平和だった頃ですね。(渋沢栄一が亡くなった年でもある)
写真では非常にわかりにくいのですが、至るところに丘があるのがよくわかりました。森ビルの”ヒルズ”という名称は巧いくらいに東京を表現しているなぁと。
ちなみにこの年、ニューヨークでは高さ440mのエンパイアステートビルが完成していたことを鑑みるとあの国がどれほど先を行っていたのかが容易に想像できます・・

というわけで、今回は在りし日の湾岸エリアにフィーチャーしてみたいと思います。